Archive for the ‘時代の波乗り法’ Category

時代の波乗り法 NO12 『金融資本主義VS国家資本主義VS公益資本主義』

社会主義と資本主義の微妙なバランスが崩れ、かっての社会主義国が国内に資本主義的な仕組みを導入し、アメリカが世界の資本主義の中心となり傲慢になり、本来実業のサポート役としての金融が主役に躍り出て、世界の資本主義的システムがカジノ化し、いわゆる金融資本主義が跋扈し、そして、現在システムそのものが行き詰まり、大恐慌の匂いが濃厚になっている。

このような混乱の中で、プーチンが国内2百数十社の民間企業を国を挙げて保護すると宣言した。つまり国家資本主義の登場である。

同時に、従来の資本主義陣営の中から、公益資本主義の発想が生まれてきた。

企業は本来株主のためにあるのではない。企業は公益のために存在するのだ、という発想。

これらの主義が今後世界の中で、どのような現実となって、いくのだろう?

大きなうねりの中で自社の理念や事業活動の方法論を再検討する必要性が日増しに高まってきているように感じるのは私だけだろうか?

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時代の波乗り法 NO11 『産みの苦しみ』

世界:ソビエトとアメリカの冷戦時代、それまでは資本主義陣営の中にもあった社会主義的要素・・・生きていくうえでの基本的人権への(多少の)配慮や平等への(多少の)配慮は、ソビエト崩壊を機に、アメリカの独善の道をまっしぐら。それに追従して来た日本。あげくアメリカ発サブプライムローン問題から世界の金融資本主義が揺らいだ・・今も。新しい秩序を見出せないまま漂っている。

日本:異様な殺人事件の頻発、ワーキングプア、自殺者の増加、戦後構築してきたすべてに対しての行き詰まり感。

企業:今までの発想、今までのやり方、があっという間に通用しなくなる現実。同じ発想、同じやり方の中で続く過当競争。

個人:歴史という独立した学科なきまま、日本国民としての共通のアイデンテティーを持つ機会を奪われ、たった半世紀の短期間の間に失われてしまった日本人としての誇り、そして生きる根拠。国内には、まるで「業者」と「消費者」が存在するだけで、「市民」の存在が極端に希薄化した。

 

これから始まる新しい胎動はかすかに聞こえては来るが、まだまだ今という現実に姿を現すには程遠い。

こんな世の中に翻弄されて、子供たちに「将来の夢は?」と聞くことほどおぞましいことはないと感じる。

自分がなりたかった自分になりつつある姿を静かに示すのみ、あきらめずに!

それが精一杯、子供たちにしてあげられること、自分のためにも・・

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時代の波乗り法 NO10 『複眼の視点/時空を超えて2』

時代の基幹産業が牽引役となって、多くの雇用を生み出しながら、草創期・成長期・成熟期・衰退期という曲線を描く。

過去を振り返れば、繊維産業→鉄鋼産業→IT産業とほぼ40年のサイクルで推移してきている。

中古農機をネットで、というビジネスモデルは、そうした過去の産業の発達史から派生したいわゆるサービス産業であると捉えることができる。

内燃機関の発達により自動車・飛行機・列車などのそれぞれの基幹産業が大躍進し、それに伴うサービス産業が派生してきたわけである。

その中でもエンジン搭載の農業機械の発達とそれに続く中古農機の流通。

同時にクリントン政権化のアメリカ、とくにシリコンバレーを発祥の地とするIT産業の飛躍により、中古農機のネット販売という形が成立する状況が整ったわけである。

しかし、その前提のどれかが大きく変化することによって泡沫のように一瞬で消え去るもろさもまた存在することは否定できない。

もっと厳しい見方で言えば、ポストIT産業にくるもの・・に触れているとは到底思えない。

例外があるとすれば、絶えず先端技術への関心とその手法の導入をという意識を持ち続け、又導入を実践している場合だけだろう。

また、行き過ぎた金融資本主義がもたらした世界経済への不安定化をもたらした要因に対する分析の反省のもと、事業の新たな価値付け(社会にとっての)の作業を行わなければ、今回の事件(!)から学んだことにはならないし、次の時代をになう流れには乗れないだろう。(次の流れを生み出す一翼を担えないだろう!)

まさにプールサイドから自分を見つめる視点として今最も参考になるのが、『原丈人』である。

今この人の活動とその思想から大きな影響を受けている。

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時代の波乗り法 NO9 『複眼の視点/時空を超えて』

時代の波乗り法 NO5で考えた 『複眼の視点』
要するに外部から自分を見るための視点が必要という主旨。
 「外部の視点」の外部、というのをもう一度考えてみた。
空間的な広がりの中で、地政学的な観点から自分を見る、という姿勢の他に、もう一つの視点があることを忘れていた。
時間的な広がりの中で自分を見る視点。
今という時代が、歴史のうねりのかでどんな意味を持つのか・・・
忘れていたとはいえ、ものを考える上で大きな影響を受けていたのが、
①村山節(タカシ)800年周期説
②ラビ・バトラ
など。
いずれにせよ、現在地を知る上でも、また進むべき進路を見極めるためにも時空を超えた視点の確認が必要であることに違いはない。
自分の五感では届かない広さ、大きな時間のうねりの『意味』については、やはり謙虚に学ぶ必要があるのだと思う。
そこに学ぶことの意味があるのなら、大いに学びそこから得た視点からもう一度自分を見直す作業
を繰り返し継続する以外に事業を継続し発展させることは困難だと思う。

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時代の波乗り法 NO5 『複眼の視点』

向かうべき方向性を絞り込むためには、自社の内部をチェックする視点が必要なのは言うまでもないが、安定して内部に利益をもたらす前提条件は、むしろ外部から自社を見つめる視点によるところが大である。

「自社丸」という名の小船の進路・・・

それぞれ水を張った大中小のタライが、自分より大きなタライの中にそれぞれ浮いている。そして大タライがプールの中に浮いている。小タライの中に「自社丸」という名の「わが社」のお船が浮かんでいる。

小タライは「自社丸」所在の県。中タライは日本。大タライはアジア。プールサイドは地球・・・と仮定してみる。

「自社丸」は、小タライの中で自力で前進している【つもりでいる】!

しかし、大きく風に流されて大タライごと後方に運ばれているとしたら・・・

それなら、「自社丸」の進路は、小タライから見て180度方向転換しなければならない。

大中小それぞれのタライから「自社丸」を見る視点と、プールサイド(地球)から見る視点、これらの視点が外部からの視点、という意味である。

卑近な例を挙げれば、ネットというもはや国境を越えてボーダーレスに情報が飛び交うツールを利用していながら、たまたま日本に生まれたからといって、日本語のみでHPやポータルサイトを運用しているのは、ネットの持つボーダーレスという特性を自ら断ち切っていいるようなものである。

先の例えでいえば、中タライ(日本)からの視点に安住していることになる。(島国育ち!)

こんなことを日々、いろんな外国語で下さるメールを見ながらいつも感じていることである。

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時代の波乗り法 NO4 『コンセプト』

コンセプトという視点から、現状の考え方を整理・確認してみます。

世の中に向け、事業という形で表現し、そして市場から支持していただくために必要なアウトラインは・・

1;誰に
2:何を
3;どのように

以上の三点の要素を煮詰める中から、いつ・何処でという要素が必然的に浮かび上がってきます。

そして、最も重要な要素が『何故』

その事業を自分が、この時局に多くのリスクを負ってまで挑もうとするための深い「理由」「動機」「必然性」「根拠」

自分がそれをやるべきモチベーション。

時代の潜在的なニーズと自分の最も興味のあるテーマが触れ合うところに『何故』が浮かび上がってくるのだと思います。

今までのように、儲かりそうだとかみながやり始めたからとかなどというのは、『何故』のなかには含まれません。

個人のやむにやまれぬうちから沸きあがる必然性と時代の要請の化学反応から生まれてきます。

それが、つまり事業コンセプトの根幹となるわけです。

何のために我々は日々の事業活動を進めているのかという、そこに集う全員の働く根拠となっていなければなりません。

解決するのに困難な問題が発生した時、それを乗り越えていくための根拠になっていなければなりません。

このコンセプトが明確な形をとるためには、ある視点が必要だと思います。

複眼の視点です。

足元を見つめる視点、あるいは内部から自社を見る視点と外部から自社を見つめる視点。

前者は利益体質をキープするための視点であり、後者は先回かいた5%のアリからの視点とでもいえましょうか?

5%のアリは次の餌場を探し回るので、動きは変幻自在です。

隊列を組んで餌場とすの二点間を往復する95%のアリの目に映る光景とはおのずと異なります。

むしろ95%のアリの視野には入らない、彼らに理解してもらえない様々な光景を目にするはずです。もちろん自分の出身チームの活動の全体的な様子も客観的に視野に入れることができます。

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時代の波乗り法 NO3 『5%のアリ』

どこかで読んだアリの集団についての話。

95%のアリは餌場と巣の間を往復し餌を巣に運ぶ。

残りの5%のアリは、その隊列から外れてウロウロしているという。

一見遊んでいるようだが、実は次の餌場を探しているのだ。

集団としての知恵が、組織保存本能が働いているらしい。

今の餌場が、自然災害等で喪失してしまわないうちに次の餌場を探しているのだ。

その5%のアリを除外すると、95%の中からその役割をになうものが現れるという。

企業にも当てはまるのではないか?

現業に邁進する、というのは重要なことである。説明の余地はない。

が、一人で仕事をしている人なら、働く時間の5%を次の餌場のために使うということ。

集団で事業展開しているなら、5%的役割をになう部署、又は全員が現業に励みながら5%の発想について思いをめぐらす。

当店では、そのために『企画室』を設置した。そしてこのブログを用意した。

中古農機をネットで全国へ、という仕事が今の事業内容なのだが、それだけに集中していてもよさそうなものだが、このようなアリの5%的意識がそこに止まることを許さないのだ。

自分自身が発想し作り上げてきた仕組みの中から外に出てみて初めて、外側からその組織の、又はその事業のエッセンスやウィークポイントが見える。そこで外部の視点から(もちろん内部の視点からもだが)事業のやり方に絶えず修正を加える。

更に、中古農機のネット販売というテーマによって蓄積しつつある情報管理・進捗管理・情報の共有化などについてのノウハウを他の分野に転用するとしたら・・・

そして最も重要なのが、事業コンセプトの見直し、というテーマである。

より深く本質に迫り、汎用性の高いコンセプトに高めていくためには、従来の現業に新たな要素を加味しそれらを包み込めるようなコンセプトを生み出さなければならない。

この作業をおろそかにしているとあっという間に現業が時代遅れなモノに相対的に変質してしまうのだ。

 

新たに事業を立ち上げるエネルギーとその事業を管理運営していくエネルギーというのは、元々質が違う。

事業を新たに立ち上げる時には、少々荒削りでもその勘どころを外さなければ、先ず太い柱と太い梁で事業全体のアウトラインを構築しなければならない。

そこの基礎的工事が済めば後は内部のディティール、繊細な部分の形成に力を発揮する人財にバトンタッチしてしまう。

それが、私のやり方である。

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時代の波乗り法 NO2 『情報の共有化』

この数年当店で心がけていること。

それは『情報の共有化』

当店が向かうべき未来像、現状での経営実態、各スタッフの前日の動きと本日の行動予定等など、全員が会社内外での動きを把握できている状態。

言葉であらわすほど、それを現実のものとするのは簡単にいかない。

日に2度のミーティングでその都度各人あるいは各担当部門の動きを報告し合い、その後の動きの参考にし、全員が各スタッフへのアドバイスを行う。

当店から世の中を見ているだけでは、死角が想像以上にあり見落としの危険もかなり大きい。

ミーティング時には、パソコン内部の情報を大型スクリーンにプロジェクターで大きく映し出し、全員で情報を確認する。

仕入れ担当・ネット掲載担当・ネット問い合わせ窓口・整備担当・案件にまつわる入金・出金業務・配送業務など、一案件にはすべての担当がなんらかの形でその役割をになうので、全体の流れを各人が把握しておかなければならないからだ。

更に当店サイトの中にブログが埋め込まれており、足掛け6年宮農内外の動きをコラムにて社外に差しさわりのない程度でご紹介させていただいている。

これもある意味、社内情報を不特定な社外と共有しようという試みである。

言い方を変えれば、日々会社の自己紹介をしているようなものである。

当社は宮崎が仕事のことプライベートなことを問わず、日々淡々と書き連ねていたが、最近はプライベートは邪魔!という社内の声にしたがって、プライベート情報は宮農サイトのブログから消えることとなった。

その代わり、高校中退し当店スタッフとなった長女が「社内取材班」という立場で、別ブログで私の後をついで細々と続けている。

当店の裏事情の紹介及び長女の視点から見た世の中の移り行きについて表現されている。

これはこれで、購読者が次第に増えつつある・・・

私のプライベートな内容については、現業から少し外れて、主に農機具屋という名の独立自営業者の生きる道についての試行錯誤をいろんな視点から考察していくこととなる。

その表現の場が、ここ『M2企画』である。

少しでも特に同業者の皆様の中で、志を同じくする皆様方と思いを共有すべくここに公開している。

ここまで来ると「共有化」という概念の必要としないジャンルなどないのではないかと思うほど、この概念は今の時代にとても必要とされているものであると確信している。

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時代の波乗り法 NO1 『パラダイムシフト』

良い企画が生まれないのは、それまで生きて来た過程で身につけた(付いてしまった)考えグセ・感じグセというものから解放されていないから、と言えます。

知らず知らずの間に定着させた感じグセ・考えグセ・動きグセという制約の中で、新たな企画を実現させようとしても中々斬新な内容にはなりません。

だいたい、この「クセ」と言うのは、ほとんどの場合、楽な生き方、手抜きの生き方に滑りながら固まっていくのが普通です。

中に、「良いクセ」を積極的に自分に取り入れようと、ソートー意識的に日々を生き抜いている方も私の友人の中には数人います。

でも、ソレは例外中の例外!

一般的には、自分を取り囲む膨大・無限の世界を手馴れた唯一の視点でのみ,覗き込み自己流に解釈・理解しているに過ぎません。

その時代のパラダイム
宇宙とは
地球とは
世界とは
社会とは
仕事とは
家庭とは
教育とは
子育てとは
お金とは
人生とは
年齢とは
死とは

そして、自分とは・・・

 

当然~のようなものだ!という安易な断定の上で、その人の信念体系が出来上がり、常識となっていく・・

このような固定した信念体系を前提とした上で企画は、現実を変えうる力を持つことができません。

例えば、『下駄屋』

この言葉自体殆ど死語になりかけている程に産業構造が劇変しつつあります。

自分が下駄屋であるという前提のまま、日本人が日常的に、はかなくなりつつある時代に、何とか生き抜こうとしt目お中々難しい。

だってお客がいなくなるのだから・・

 

どうしたら、その問題を乗り越えて前に進むことができるのか・・・

自分の今まで当然として受け入れ信じてきた信念体系を一度ゼロクリアするほどの内面的営みが必要となってきます。

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時代の波乗り法 NO8 『自己再定義』

今までの商売のやり方が、殆どあるいは全く通用しなくなる・・・・それも時間の問題。

今年の2009年についていろんな人がいろんな見方をされておられますが、少なくとも今までの発想、今までの手法が通用しなくなるそんな予感がひしひしと肌に伝わってきます。

で、このような激変の時代にそれをどう乗り越え新たな人生、新たな世界を構築していくべきか・・

宮崎は、自己再定義という作業が欠かせないと信じております。

例えば、下駄屋さん。それまで日本人が当たり前のように履いていた下駄がいつの間にかシューズ・スニーカーなど他の履物にとって変わりつつある時代に当の下駄屋さんはそれをいかに乗り越えていくべきだったか・・

過去の延長としてがむしゃらに「下駄屋」として生き延びようとしても時代が許さないでしょう。

だってお客がいなくなるんですから!

そこで「自己再定義」の作業が要求されることになります。

・足と地面の間に挟みこむものとしてどうして下駄でなければならないのか?
・下駄以外の履物はないのか?
・自分を履物屋と定義しなおしたらどうだろう!
・履物屋だったら、もちろん下駄も扱うが、それ以外の履物も自在に扱えることになる!
・ただ、輸入するのか、オリジナルな履物のメーカーになるのか、手法は様々だが・・

つまり、当たり前のように取り組んできた営みを一つ上の概念から見直してみる、ということ。

もっと、その上位にある概念としては、何で足にまつわるものしか扱ってこなかったのか、という疑問を持てば・・

人間の体の各部・・・頭、手、目、鼻、口、耳、のど、片、背中、腰、腿などなど、いろんな部分に対応する商品が浮かび上がる。

で、何処に照準を合わせるか?

自分がもっともワクワクするエリア、である。

儲かりそうなジャンル、ではない!

ここがポイント!

儲かりそうなエリアという視点でアプローチしてもすぐに過当競争になり、商売にならない。

そうではなく、損得を超えて自分のハートがウキウキする場所・・・

そこを探し出し(感じ取り)、現在地点からそこにたどり着くためのオリジナルな方法論を編み出す。

その過程も全て個性的な楽しい、競争のない素敵な散歩コースとなるだろう。

自分は、何者か?
自分はなに屋になりたいか?

3年に一度は再定義を繰り返す作業が、今後必要になるだろう。

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