時代の波乗り法 NO16 『資格』
資格社会といわれるほど、世には公的・私的資格に満ちている。
それに応じて資格オタクも侮れない。
資格取得を人生の目的にしている人もいるほど。
教師をやめた時、人生を生き抜く為に資格を、というやり方は持たないことに決めた。
明確な根拠は無いのだが、資格ではなく人間力で、みたいな気持ち持っていたことをはっきり覚えている。
今から思うと、かなり極端な考え方、若気の至りみたいなところがあるが、最近この精神がとても重要なことだったことに気づかされた。
旧食糧管理法が未だ存在していた時、農業で身を立てようとしていた先進的な農家にとっては米の販売資格(廃業・倒産したところから買い取る)はのどから手が出るほど魅力的な資格だった。
しかし、旧食管法が廃止され農家の産直がじゆうかされた途端に、事情は一変した。米屋の資格は地に落ちた。
時代によって資格の価値が変化することを目の当たりにした。
先述の【常識・非常識】のところと相通じるテーマが潜んでいるように思えてならない。
今日に至るまでの産業変遷史の中で繁栄し没落していった産業の中にもキット色々な資格制度が存在していたんだろうな・・。
石炭・下駄屋・バスの車掌さん・・・氷屋さん・・・・紙芝居屋さん・・
詳しいことは判らないけれど、公的資格の存在というよりもその業界の権益維持の為の縄張り意識が業界維持の為のハードルを設けたろう事は想像に難くはない。
逆にいつの世にも新たな業界が生み出されようとしつつあるときには、資格を付与するべき業界も存在しておらず、混沌状態なわけで・・・
今はむしろ民間のビジネスに求められているのは、新たな概念のもとに生み出されていく新たなビジネスなのではないか?
そこには必要なのは、資格取得して既存の組織の中で優位を保とうとする姿勢とは根本的に異なる精神なのではないか?
開拓者の精神・編集者の精神(在る要素Aと一見全く別物の要素Bを全く新しい視点から結び合わせることによって、今までに無い現実を生み出し、それによってA・Bをより活性化させる)など、想像力を発揮することによって生み出される新しい現実・・そこに必要とされる精神は資格を取得して既存の社会の中に適応しようとする精神とは根本的に異なるのである。
つまり資格を取らないことによって退路を断ち、クリエイティブにならなければ生きていけない実に危険な道を選んでしまったことに今更ながら気づいた次第である。








