時代の波乗り法 NO14 『常識・非常識』

最近、当店スタッフMJさんと宮崎がミーティング時論争になることが多くなってきた。

最近の具体的な例を挙げれば、商品仕入担当の宮崎のやり方に不満を持っている。それがきっかけで論争になったのだが、MJさんの言い方で特徴的なのは、『前の会社では』『普通』『常識』等の用語を多用し、宮崎のやり方を批判する。

なぜかしらそんな風ないわれ方をするとものすごく感情的になってしまうのである。一度昨晩じっくりと内省してみた。

どうしても話し合いの歯車が噛み合わないまま、お互いに感情的になってしまうのである。

何故か?

本当の理由はまだよくわからないが、現時点で気づいた点を整理してみると・・・

「常識VS非常識」の論争という側面がある。


宮崎が7年かけて取り組んできた事業の出発点には、『非常識』や『狂気』が潜んでいる。

・今までのお世話になったお客様をすべて手放した。事業を更に繁栄させるためには一人でも多くのお客様を獲得し、増客に努力すべきなのに、ある日を境に一切営業しなくなった。
  • したがってお歳暮も廃止した。
  • 年賀状の廃止した。変わりにクリスマスカードにはしたが。
  • 残業は一切無くした。
  • 資金繰りがどんなにきつくても地元周りの営業マンは置かないことにした。
  • 宮崎は代表ではあるが、宮崎農機具店の実務からは離脱し、宮崎がいなくとも問題解決能力の高いチーム作りが完成しつつある。
  • etc
つまり現状の組織つくりの出発点は相当非常識なものだったと思う。

中古農機をネットで全国にというコンセプトから外れたものは一切廃止し、それ一本に絞込み、それほど無かった余力のすべてをこのテーマに注ぎ込んできたといっても言い過ぎではない。

今の組織のメンバーの中でもっとも当時の狂気・非常識・情念・といったものを引きずっているのは自分かもしれない。

混沌とした根源的なエネルギーは新たなコンセプトを形にする時にはとても大切な無くてはならないエネルギーであるのだが、それが時とともにアウトラインがしっかりしてきたら、細部の未整備な部分を処理するより繊細な能力が必要とされるのである。

また、緻密で正確な仕事が要求されるようになる。宮崎の仕事はそれに相応しい人材を発掘し、その能力を遺憾なく発揮できる環境を整えること。

ここまで来ると宮崎の荒削りなエネルギーは実務にそぐわなくなってくる。

MJさんとのやり取りはその時期に来たというメッセージなんだろうと思う。

非常識なスタート、常識的な現在。

事業が軌道に乗り始め、日常業務が定着し、仕事量が増え、スタッフ数が増え、役割分担が始まり分業しながらチームワークで仕事を進めていくようになると、そこに必要なのは『常識』

「それは常識的じゃない!」と言われたときに、

宮崎は

「常識的なままだったら、今日の宮崎農機具店はなかった!」

今までどうしても話が噛み合わなかったんですが、やっと少し自分の中にある制約みたいなものを理解できつつあります。

<以後の対処法>
  1. 宮崎が実務から完全に抜けて、批判された宮崎のポジションに二人一組のチームを組んで、挑んでいただく。
  2. 相手先がある問題については、先方様を批判したり、強く要求するだけだったりというのではなく、日頃感じている事業の近代化について遅れていると感じているテーマについて提案させていただく。特に宮崎が取り組んできた
    a:情報の共有化
    b:問題解決法
    c:自己再定義法
    などについて提案させていただくなかで当店との関係をより強化していく。

This entry was posted on 木曜日, 3月 18th, 2010 at 18:08 and is filed under 時代の波乗り法. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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